久しぶりに小樽に出かけた。
観光客であふれるその変貌ぶりには驚いたが、いつでもなにかを発見できるたのしみのある町である。
運河通りから一本山の方に入ると、色内通りに出る。石倉やレンガ造りの建物が、明治、大正、昭和の生きた証しとして、小樽らしい風景をつくり出している。
石倉の窓からこぼれる大正ロマンの電灯や、空間を利用した懐かしい店を一つ一つのぞいていると時間のたつのも忘れてしまった。
没個性の町づくりが進む北海道で、開基百何年という記念館ばかりが目立つ町に出かけて街づくりのお話をする機会が増えた。
経済性だけで進められる総合開発とやらの中に、五十年、百年後の町の歴史文化をどう残し、造り出していくかという部分が忘れられている様に見える。
ほんとうに一番大切なことは、歴史を町づくりの糧にしていかなければならないということを、小樽は教えている様に思う。
「あなたは北海道の雪を知っているだろうか
それは硝子屑のようにいたくて
細かくて、サラサラと乾いている。
雪道は足の下でギュンギュン
もののわれるような音をたてる
そして雪は塩酸に似て
それよりはもっと不思議な匂いをおくる・・・」
通りで見つけた多喜二の詩は、そんな町だからこそ似合うのであろう。 |